blog

エグゼクティブ・プロデューサーに園山真希絵氏 就任

食作家の園山真希絵氏が「for you 人のために」「生きる FROM NAGASAKI」のエグゼクティブ・プロデューサーに就任しました。

かねてより松本監督と親交があり、園山氏が前作「a hope of NAGASAKI 優しい人たち」を観て、監督と平和への思いを語り合いました。

また広島に隣接した島根県出雲市生まれであり、平和教育を幼少期から受けてきたことや、長崎の被爆者救護で活躍した永井隆博士が島根県雲南市で育ったゆかりから、この2作に対する思いを共有し、就任の運びになりました。

より多くの方々に作品を知ってもらえるように、広報活動を担っていただきます。

また共同プロデューサーに、SDGsシェアプロジェクトの若手育成プログラムより、SNSマーケティング戦略を得意とする20代の遠藤洋典氏を向かえました。若い世代のクリエティブワークを活かしていただきます。

宣伝プロデューサーには井内徳次氏を迎えます。自身も数多くの映画製作(”僕が君の耳になる”等)を行ってきており、「旅のはじまり」に続き宣伝を担当いただきます。

石原プロデューサーをチーフとし、プロデューサー陣を充実させ、多くの方々に届くように挑みます。

プロデューサー 石原ゆり奈

共同プロデューサー 遠藤洋典

エグゼクティブプロデューサー 園山真希絵

宣伝プロデューサー 井内徳次

取材記録

先日取材させてもらった、笑顔が素敵な福田さん。

実は家族にもほとんど被爆の話をしたことがないそう。

それだけ当時のトラウマは大きかったし、日々の暮らしが大変だった。そして思い出すのが怖く、話して伝わるか不安も感じていたそうです。

長い時間を経てやっとここ数年は少しずつ話せるようになり、気持ちの整理もできるようになってきた、と。

ご自宅にお邪魔しての取材では被爆した年に神父様と近所の子供達で歩いた時の写真を見せてくれました。周りは瓦礫だらけ、たまたま通った進駐軍の方が撮ってくれたのだとか。

話すの苦手だから、とおっしゃっていた福田さんですが、感情表現豊かなお話でした。

貴重なお話をありがとうございました。

a hope of Nagasaki 優しい人たち リバイバル上映

リバイバル上映 3/11〜 シネリーブル池袋

ウクライナからのニュースに心が痛み、何もできないもどかしさに苦しみが募る日々です。

そんな中、テアトルシネマグループさんにご協力頂き、長崎の被爆者取材を重ねた前作 「a hope of Nagasaki 優しい人たち」 の期間限定リバイバル上映が決定しました。

世界で原爆を投下されたのは日本だけ。

被爆を体験していない世代の私たちも、幼い頃から本や映像でその悲惨さを見聞きした事があるはずです。

熱線の、爆風の、放射能の苛烈な被害に驚き、恐れ動揺する。

それらを深く知っているのは、恐らく私たちが日本に暮らし、毎年夏には何らかの形で原爆被害を思い出して祈りを捧げてきたからではないでしょうか。

唯一の被爆国である日本には「使う恐ろしさ」を訴えていく義務があるのではないかと感じています。

一瞬にして失われるのは一般市民の命と暮らし。

現状に抗議の意を表すとともにこうして再上映の場を設けてくださったテアトルさんの決断に感謝です。

ヨーロッパ限定で英語字幕版を無料でご覧いただけるよYouTube配信も検討しています。

3月11日〜シネ・リーブル池袋上映時間は改めて告知します。

取材記録

嬉しいことに、母校での取材。

97歳のディーダース神父様は日本管区長も務められたすごい方なんですが、とっても気さくな方です。

終戦時のアメリカでの暮らし、日系人との出会いなどお話を伺いました。

日本に暮らして70年、日本という国はどう映っているのかな?と想像しながら、穏やかな時間を共有することができました。

ありがとうございました。

for you 人のために のFBページを開設しました。

https://www.facebook.com/foryou.hiroshima/

SDGSシェアプロジェクト

本作が参加しているSDGSシェアプロジェクトについて、下記の通りリリースがありましたので掲載いたします。


報道各位

本日、テアトルシネマグループと社会課題を映画作品化してきた松本和巳監督(mkdsgn)が 「SDGsシェアプロジェクト」の立ち上げで合意いたしました。

「SDGsシェアプロジェクト」は、見えなかった、触れることがなかった、知ることもなかった社 会課題を映画・音楽を通して見つめる、触れることで共に解決方法を見いだせたらという思い で、社会課題にフォーカスして作品を作っていきます。課題の本質を見出し、少しでも解決へ向か えるように作品化して共有(シェア)していくプロジェクトです。

※表記されている国際目標のアイコンは映画のテーマに則したものを提示しています。

その第一作目の作品は、”子どもの居場所”がなくなっている社会で、子どもたちが悲鳴を上げてい る現状を追いかけ、それを支える大人たちのドキュメンタリー映画です。とある自立援助ホームを 中心に、御殿場、名古屋、沖縄、長崎、藤沢で現場取材を行い、当事者の声をまとめ上げた映画 「旅のはじまり」がシネ・リーブル池袋で4月8日(金)から公開されます。

シネ・リーブル梅田、 シネ・リーブル神戸、UPLINK京都でも追って上映されます。

シネ・リーブル池袋作品紹介HP https://ttcg.jp/cinelibre_ikebukuro/comingsoon/

トレーラー https://youtu.be/lrDniR0sOHw

作品HP https://tabihaji.net

SDGsシェアプロジェクトリリース_20220114案.pages.pdf

なお「SDGsシェアプロジェクト」の活動の一環として、松本和巳監督作品をシネ・リーブル池袋 を中心にテアトルシネマグループにおいて定期的に上映する仕組みも立ち上げ、よりSDGs課題の 作品化での取り組みに積極的に参加していくことで合意しました。その流れとして、今夏、広島 被爆者オーラルヒストリードキュメンタリー映画「for you 人のために」、長崎被爆者オーラル ヒストリードキュメンタリー映画の第二作目「生きる FROM NAGASAKI」の上映も決定しまし た。

また若手製作者の育成もプロジェクトとして行い、「SDGsシェアプロジェクト」で推薦する作品 をテアトルシネマグループで上映するプログラムも開設します。若手製作者に上映の機会を作るこ とにより、より広く社会課題の映画化を進め、観客の皆様への課題の共有と理解、さらに解決へ の一歩に繋げられるよう仕組み化します。

過去作品においてもテアトルプロモーションにおいて非劇場上映(上映会)を受け付け、劇場以外 で学校や各地域、各団体ごとでの上映会開催でご覧いただけるようになります。それには松本監 督作品に加え、プロジェクト参加表明をしたテンダープロ作品(劇場版「僕が君の耳になる」な ど)も加わります。

「SDGsシェアプロジェクト」は企業、団体からのサポート参加も積極的に受け付けます。取り組 みたい課題ごとに参加表明をしていただき、出資という形ではなくCSR的な考え方での協賛金で 支援いただく仕組みです。それが制作費、宣伝費として生かされ、よりダイレクトに課題へのアプ ローチと周辺共有者とのコネクトができ、課題への取り組みが明確になると同時に、映画として 関わりが確実に残っていきます。 また企業側のメリットとして、単年度処理ができながらも映画史に残っていくことで効果は永続 的にもたらされます。

SDGsの取り組みをしたいけれども… どのように関われば良いのかわからない… どこと組めば良いのか…

SDGsの取り組みの第一歩は意外とハードルが高いと感じている方々は多いと思います。しかし 「SDGsシェアプロジェクト」に参加し、社会課題をシェアしていくことで、明確に取り組む意思 と関わりが発信できます。

そしてそのプロジェクトから生み出された作品をご覧いただくことで、観客の皆様に課題の共有 をしていただけ、取り組みに参加いただいたことになります。

支える企業・団体、伝える製作者(劇場も含)、共有する観客


この3者でのサイクルが「SDGsシェアプロジェクト」であり、先ずは「知ることから」をキャッ チにリレーションを作ります。 そしてシェアされた課題が少しでも解決の方向に向かえるよう、関わる方々とともに作品として残 していく活動を続けます。
そして製作者の活動が守られていくことを願っています。

このプロジェクトの発起人には映画監督の松本和巳の他、【第4回ジャパンSDGsアワード SDGs 推進副本部長(外務大臣)賞】を受賞した映画プロデューサーの石原ゆり奈(NPO法人Support for Woman’s Happiness 代表理事)も加わっています。


ホームページ https://sdgsshare.info (問い合わせ窓口)
テアトルシネマグループ https://ttcg.jp/
テアトルプロモーション https://theatres-promotion.co.jp/
mkdsgn https://mkdsgn.uk

取材記録

森佳代子さんの取材。

3歳の時、爆心地から4キロの自宅で被爆した佳代子さん。

小さい時、お父さんの体に残るケロイドが怖かったそう。お父さんももまたケロイドを隠すように気をつけていたそうです。

原爆投下から10年は「空白の10年」とよばれ、医療や生活支援が整わず被爆者は苦しい生活を強いられていました。

人のために奔走し続けたお父さんの背中は、今もなお佳代子さんを支えるづけています。

取材記録

広島県 長束修練院は原爆投下直後からたくさんの方が避難してこられた場所です。

神父さんたちが初期養成を受け勉強する場なんだそうです。

爆心地から 4.5キロの場所にあるこの修練院は当時のまま建物が残っています。

ここにまさに、怪我人を運び込み治療をされていたとのこと。

静かな空間の中に広がる歴史の重みに圧倒された1日でした。

取材記録

広島市内の被爆者の方達の取材を進めていく中で、偶然 教えていただいたのが

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 で開催されていた企画展

わが命つきるとも でした。

広島の幟町教会(爆心地から 1.2キロ)、 長束修練院(爆心地から4.5キロ)には

外国人神父さんたちがいらして

ご自身たちも重傷を負いながらも長束修練院で怪我人を受け入れ治療にあたったそうです。

その企画展がちょうど開催されていて、祈念館へ。

祈念館に入ったのはこの時が初めてだったのですが

静寂の中で気持ちがぴん、と引っ張られるような感覚になります。

まだ来館されたことがない方、ぜひ行って見られてください。

戦時、外国人というだけで暮らしにくかったのでは?と想像します。

被爆後の献身的な活動は、周囲から偏見の目を減らすことにもつながりました。

素敵な企画展をご紹介頂きありがとうございました。

取材記録

広島での取材。被爆者健康手帳を取得する際、ご自身では難しいケースが多数あります。

事情を知らない人からすると「早くに申請しておけばよかったじゃない」と思われるかもしれません。

例えば広島を離れて暮らしていたら、周りに手帳を持っている人はいない。被爆当事者もいない。

手帳を持っていると知れたら、辺な目でみられるのではないか、子どもが差別されるのではないか。

もっと苦しんで無くなっていった友達達に申し訳ない。できればあの光景をもう思い出したくないーーーー。

さまざまな思いが一人一人にあるはずです。

手帳を申請しよう。

そう決めた時に、手続き上の難しさがあります。

被爆当事者 一人一人に寄り添い、耳を傾け、支える方達へのインタビューを実施しました。

取材記録

実は被爆者健康手帳を見たことがないんです、と言うと森さんご夫妻はとても驚かれて、実物を見せてくださいました。

当事者で無く、県外に住んでいると見かける機会は殆どありません。

当事者の方からすると当たり前のことが、私たちには全く知らない事だったりします。知らない=想像力を持ちにくくなる要因の一つですね。

57年に原爆医療法が施行された後、市議をつとめていた佳代子さんの父 明一さんは法改正の陳情のため上京を重ね、自らのケロイドを見せて訴える事もあったそう。60年の改正では一般疾病も対象になり、多くの方の暮らしを支えた事だろうと思います。

いつの時代もどの分野でもこうした現場の声を届けるところから。